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生きてるよ 

ひとまず
生きてるよ

なんだか心配させてしまった方々がいらっしゃるようで、、、
ごめんなさい。

うん、心配させちゃうかなっていうのはすこーしは脳裏をかすらなかったわけでもないが、まぁ、こういうやつなのですよ。

昔語りはほんとにしたくありませんねー。
あれ、もう本当に物語みたいなもんだから。
えぇ、一般的な人生を歩んでませんよ私ってやつは。
どちらかってーと、アウトロー?(笑)

団長に電話をしました。
深夜3時ごろ(大迷惑)
んで相談つーか泣き言を言ってみた。
一言でした。
「うーん、お前からあれ奪ったらなぁ、、、生きがいだろ?あれ。本能=萌えだろ」
うふふ、あぁ言われちゃった。
バレバレだねぇ、、、私。

それでも復活しきれない私は学友Qに話してみた。
「・・・夢さんからそれ奪ったらなんも残らないと。」
ぎゃぎゃーん!
あげく学友Aからはお高いケーキまでおごってもらって少しだけ精神安定。
(あ、昔貸した借りを返してもらっただけですよ?)

その上、ブロガーメンバーから温かいメールをいただき。
あはは涙が出てきたよ。

しかし、そのメールのなかに一際違ったものが含まれていた。
「鋼メルマガ 忘年会のお誘い」
えぇ、Tさんからのメールです。
何事もなかったのごとくにメール。
しかもご丁寧に出席者のところで私は「びみょー」
ゲラ笑い
その後にも某件についてメールがあり、しかしそれをぶっちゃけメールで返信するにはめんどくせ!と思った私は電話をしてみた。
「えー、だって君は結構しっかりしてるから自分で立ち直ると。それに耐えられないと」
・・・・・・・・。
わたしってそんなにわかりやすいにんげんでふか?そうなのでふか?
その後、延々と話続けて午前1時までマジで電話してました。
たはは、あの、えとTさんマジでごめんなさい。
でも信じて、私酒も薬も飲んでなくてあのテンションだったんよ。
実は自棄酒をしようとドイツのお酒をがっぽり買ってきてたのですがTさんと電話しててんな時間がなくなりましたでやんす。
うぅぅ、この酒いつ飲めるんだ、、、?
19日の鍋か?鍋なのか?でもどう考えても私ホスト役だからぐでんぐでんに飲めないぞ?くそう、、、、、。
そういや、Tさんと私とのじぇねれーしょんぎゃっぷを今更ながらTさんが実感して私はそれをあざ笑って差し上げた。
そしたら忘年会で私だけ会費を割高!二次会もお前持ち!なんて言われた。
・・・少しだけTさん主催の忘年会に行くのを仮病やら原稿やら衣装やら大学の課題やらでごまかいしてしまおうかと本気で思った。
でもきっと寂しがりやな私は同じ店の隅っこでTさんたちがどんな馬鹿なことをやっているか観察しに行ってしまうんだろうなぁ、、、、とも思われる。

あ、親にも電話したよ。
そしたらね、うん。お前に趣味なくすのは無理と一刀両断にされたよーーーー。今通ってる大学だって趣味が高じて行ってるんだからってね。


さて、ここらへんで真面目に自分で考えたことを書こうかな。
昔語りは本当に嫌なのですが。
ぶっちゃけ私は趣味が高じて今の大学に入学しました。
そして大学へ行ってるのも趣味と同じです。
だって歴史学ですよ?道楽も同じですよ。
これが理系の大学通ってて~なら職業にかなり直結しましたでしょうがこの学部で職業がつかめるのかって言ったら、、、。
だから父親には理解されませんでした。
父親は理系研究者です。そして私もどちらかというと理系人間でした。
父親の研究やら父親の言ってることが理解できる家人は私だけと言っても過言ではありませんでした。
なので、多分父親は私はそちらの道に進むんだと心のどこかで思ってたんでしょうね。それがナニを間違ったか歴史学。
父親にはあまりにも理解しにくい学問を選択したのですよ、私は。
特に父は社会科系は苦手科目だったらしいし。
私がやっていることに対しての理解ってのは皆無です。
ぶっちゃけ、会社の同僚に娘(私のこと)が通うことになった大学名を言って結構名前が知れてる大学だったということを知った、それぐらいの人です。
(しかも同じ年に実妹まみが国立大の難関高に合格しちゃったから私は肩身がせまいよ)


私は定時制高校に通って2年次で大学資格検定に合格してしまい高校を中退しました。
予備校に通いましたが、国語だけ偏差値70で歴史が平均より少し上であとは偏差値40とかしか取れない落ちこぼれでした。しかも予備校に通うのに満員電車に乗ってたのですがその時にまぁトラウマになることがありまして。(今も電車怖いです。ブロガー仲間と会うときは大抵ラッシュ時間を過ぎてから電車に乗るので怖くないのですが一人で電車に乗るのはいつも命がけだったり)
予備校に通えなくなり、そのまま大学受験も諦めました。
そしてバイトをしながら自分の好きなことの研究をやっていたのです。図書館に通い詰めて、データを集めて。
でも、そこで傍と気づいた。
・・・中卒の奴が調べたことじゃ誰も相手にしてくれないという事実に。
私には恩師がいらっしゃり、その方についていろいろと学んでいて。講演会など恩師が依頼を受けた際にはお手伝いやら、恐れ多いことに一緒に講演をさせていただいたりしていました。
そんな活動をしていたために私は今の大学へ通うことになったのです。
でも、その活動の根源は
ごめんなさい

萌えでした、、、。

私、ひとつのことに熱中すると寝食忘れる猪突猛進型です。
そこが私のいいところであり、悪いところであります。
んでその行動力の根源が萌えなのです。
それを人が変われば知的好奇心だったり探求精神だったりいろいろな呼び方があるでしょう。
でも、私にとって知的好奇心を満たすことが萌えなのです。知的好奇心を満たすことによって私の中で何かが萌えいずるのです。
私基本的仕事以外、萌えのみで行動してます。いや、仕事も萌を叶えるためにやっているに等しい。
食べるのだってやはりかわいく、おいしいもの食べたいもの。
そういうもの食べるときってキュンとするのです、私は。
お金をかけて、自分で料理を作ってみんなに食べてもらって美味しいって笑ってもらうのも萌えだし。
萌えってね、いろんな定義があるんだと思う。
だからここまで萌えっていう言葉が人々に使われるようになったのだと思う。


あと、前の記事に書いたとおり私は自傷癖があります。
でも不思議と今はそれが収まっているのです。
多分にブロガーと一緒に騒いでるから自傷する体力もないのでしょう。
しかし反対に自分の体調がよくわかりません。
これもある種の自傷なのだろうと考えられます。
自分の身体に無関心なのです。だからぎりぎりの線っていうのがわからずに行動してしまうのです(日本人にはこのタイプの人って多い気がします)。
それでも大学に行くようになって、大学で一度倒れたことがあります。あ、でも倒れたっていう表現は大げさか?保健室まではちゃんと意識持って行ったもの。そのあとの記憶がすっぱりなかったけど。気づいたら家にいて、愕然とした。どうも親が大学まで迎えに来てくれて私の家まで連れ帰ってくれたらしく。でも私にはその記憶、まるっきりなかったのです。
あれが、相当に怖かった。
親にも大学にも迷惑かけてしまった。あれ以来、かなり気をつけてます。大学に行かないのは大学で倒れそうな予感がするから。
それ、やるくらいなら再履修も怖くない。
再履修することによって、もっとちゃんと身につけられるならそれでいいと考えてます。
それは親も同じことを考えてます。
既に私は同級生と比べれば年を取ってます(実妹まみと同級生だよー><)
もうね、いくら遅れをとっても本当に怖くないんだ。
どっちかというとね、やらずに老いて逝く方が怖いんだ。
もう既に2年、引きこもって一人で思考することはやったんだ。
思考のあとは、行動しなきゃどうしようもないんだ。
今は身体がまだその2年間のこと引きずっているけど。
けれど、やって死ぬかやらずに安穏とぼけーっと生きていくか。
どちらを選ぶか。

それに。
私は決めてることがある。
鋼を最後の叶わぬ恋にしようと。青春の思い出にしようと。
鋼が終わったら、私は研究に、創作活動にいそしむだろう。
もう、二次創作っていうのをやらなくなるだろう。
二次創作作品も読まなくなるだろう。
その予兆は既に出てきている。
だから。だから、、、。

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