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少年陰陽師 鏡の檻をつき破れ 

少年陰陽師 鏡の檻をつき破れ 結城光流

さて、少年陰陽師も3巻まで読みました。
もうアニメは始まっているのでしょうか?
今回、マジで終わっちまうのではと危惧しました。
だってねぇ、彰子さまいなくなったら昌浩は腑抜けになってしまいますよ!
つーか、この二人はどうにかくっついて欲しいと本気で思う。
ん?めっちゃ久しぶりだな。普通にノーマルカップリングを応援してるよ。
えーと、いつぐらいぶりだ?(爆)
やだなぁ、純粋じゃない!

でも、結局は彰子さまのかわりに章子さまが入内(笑)
これで歴史とも符合しましたね。
なにやら続巻も出ているようなのでこれからも読んでいこう。
あー、、、もっくんはええのう、、、、。


ねこの森には帰れない 谷山浩子
例の「まっくら森のうた」の谷山浩子さんの歌詞集です。歌詞集に谷山さんのエッセイと短い童話が収録されてます。
正直。
読むのが大変でした。えぇ、最後のほうの部分は特に。
最初はね、すいすい読めました。
でもどんどんくらーく、くらーく。
いやね、わかるのよ。その情景、浮かぶのよ。
浮かぶけど、それがつらい。
1日、一つの詩でおなかいっぱい。
そんなことがつづき、なかなか読み終われませんでした。
でも、これを読んで驚愕したのです。
私、大事なものを忘れちゃったんだ。
もう、取り戻せないんだっていう事実にぶち当たったのです。
小学生時代の、気持ちが、わからないのです。
あのとき、きっと感じていた「宿題忘れてたらどうしよう」という緊迫した気持ちがいつの間にかわからなくなっていた。
この本で谷山さんがエッセイで書かれているのを読んで、初めて気づいた。
だって、私、そういういろんな想いを書きたくて文章を書いていたはずなのに。
あぁ、今どうしても読みたい。
あのころ、書いた自分の詩。初めて市が作っていた文集に載せてもらえた詩。
私はあのころ、どんな詩を書いていたのだろう。
私は今でも、その詩を読んでその詩を理解できるだろうか。
理解じゃない、感じることができるだろうか。(理解なんて跡付けの理論だ、それは大人の考えることだ)

私は、自分が大人になりきれない子どもだと思っていた。
でも、いつのまにか私は子どもでもなくなっていた。
「子ども+大人=おども」って昔母親に言われた。
あのとき、私は反論した。
でも今は、、、。今はそうなのかもしれないと思う。



私がこうなったのは誰かのせいというわけではない。
あえて言うなれば私自身の、己がせい。
今ならわかる。
あのとき、もっともっともがけばよかった。
もがけば開かれたのかもしれない。
視点を変えればよかったのかもしれない。
変えればもっと楽しめたかもしれない。
「かもしれない」
かの神さまはこれが口癖だった。
あぁ、何を書きたいのかわからなくなってきた。
きっと谷山さんの世界に飲まれてしまったのでしょう。
最後に昭和59年10月2日にあとがきって私が生まれたちょうど2ヶ月後!びっくりだ。
そしてこの本に文章を寄稿しているのは去年話題沸騰となった吾妻ひでお氏だ!
あの「失踪日記」の吾妻ひでお氏だ。
びっくりした。なんて時事的なんだ(笑)

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