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満蒙開拓団~ある作家の満州開拓~ 

これは私がちゃんと調査したものではない。
地元の文学おじちゃんと地元の歴史フリークのおじちゃんの話を総合したものです。

正直に言おう。
これはぶっちゃけフィクションかもしれない。
だってちゃんと調査してないんだもん!

でも、忘れてしまいそうだから。

今日、NHKスペシャルで満蒙開拓団の特集を見た。
これを観て思い出したのはそう、満州開拓を小説に描いたそれ故に戦後文壇に上がることが出来なかった打木村治である。
打木村治とは埼玉県東松山出身の作家である。
貧乏ななかに育ち、現在の川越高校の前身である川越中学校に入学。
その後、早稲田大学に入り卒業後は大蔵省に入省。
大蔵省の仕事で川端康成と出会い、その出会いによって文学へ。

打木村治の書いていた文学っていうのはプロレタリア文学。
今ではその当時の作品を手に入れたり、読んだりするのも大変である。
しかし中でも有名だったものは「部落史」。これは芥川賞にノミネートされるほどのものだった。
しかし、当時は「蟹工船」の小林多喜二が捕まり、拷問され死亡という痛ましい事件が起こっていた時である。
村治も捕まり、あわやというところまできていた。
しかし、そこで村治は生きてこその文章が書ける、、、
村治は当時、満州開拓の指揮をとっていた、、、あぁ忘れてしまった。
とにかく、満州開拓賛美の小説を書くことによって当局の目を逃れることになる。

しかし、戦後それは戦争へ加担したと考えられ文壇にあがることができなくなることになったのである。

村治はほそぼそと子ども向けの雑誌へ文章を寄稿し続ける。


そういう、歴史がある。



この歴史を証明するものを調べたいと唐突に感じた。
どうしよう、やばい。
そん前にドイツ、、、

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