スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

蒲公英草子~常野物語~ 

蒲公英草子~常野物語~ 恩田陸

か、感想文を書き終わったぁ!!!とぬか喜び。
本の整理をしてたら出てきたよ。
は、ははは

しかも、かなり長文になりそうだ。
だって思い入れはすごいもの。

常野物語の一遍の一つ。
多分にこれのモデルの一つだろうと想われる遠野物語と一文字違いだったために私は惹かれた。

常野物語と銘打った作品は今のところ三作でていてそのうち二本は既に読んでいた。1冊は文庫本になっていて、その本は手元に置いてある。
それほど、惚れ込んでいる。

これは常野物語一作目の「光の帝国」で出てきた常野一族の春田家が出てくる。
私の憧れの春田家である。
実はこの春田家の話を読んで私は書見台を購入してしまったほどだ。
この春田家は「しまう」ことの出来る人々である。

私は記憶することが、かなり弱い。今も弱い。
人よりも数倍の時間をかけなければ、覚えることができず小学生の時から漢字テストは拷問だった。
数学のテストでは1番2番を争うほどの速さと正確さ、公式を覚えてなくても理論と自分の勘で答えを導き出すということを得意としていた私には、単純に覚えるということは至極苦手だった。
漢字は基本的形というものを覚えなければ読めない上に意味さえわからない。もともと、言葉よりも先に数字を覚えた性質だという諦めも既に芽生えていた、、、小学校の高学年時。
何度、枕の下に本を置いて寝たら中身がすべて記憶することができたという超能力者の話を思い返し、実践しては落胆したことか。

そう、春田家とは本の内容おろか人の人生(記憶)までも自分の中に「しまって」しまう人々なのだ。
私がこの物語を読んだのは既に大学受験を控えていた夏の頃だった。
あの頃は、自分にはそんな超能力はないということをちゃんと諦め、地道に勉強を一応していたが、幼い頃の憧れはやはりあるもので。
もう、それはそれは夢中になった。
しかし、当時はまだ常野物語はその一作しか出ておらずかなり落胆した。
しかもあくまでこれはそういう短編集、というような形で発行されていたからだ。

そうしたら、この前本屋に行ったらなんと
エンド・ゲーム~常野物語~恩田陸が書店に並んでいるではないか!
私は、もうかなりうきうきしてその本を手に取った。
そしたらば、なんと気づかぬうちにもう一冊出ているというではなか!!!
ということでやっと本書である。

一番最初の「光の帝国」の春田一家が現代の話なのに比べ、本書はなんと明治時代に一気に遡る。
主人公は幼少期に春田一家と接触した峰子。
ちょうど、時代が「天の園」と同じだったためすんなりと物語に入っていくことができ、どんどん読みいってしまった。
最終的に、少し辛目に終わっているのがすごく切なくて、すごく気に入った。
恩田陸、やはり只者ではない。
文庫本になったらぜひ、手元に置きたい。
置いて、何度も何度も読みたい。
そんな本である。

ただし、本書だけを読んでもピンとこないと想われる。
「光の帝国」だけでも読後に読んだほうが無難。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yumemidoh.blog64.fc2.com/tb.php/158-2af0e526

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。